Werkzeug

所有している楽器などです。

トランペットとの出会いは1970年、小学校5年生の秋頃だったと思います。初めての楽器は、幼稚園時代からレッスンに通い出したピアノで、自宅には両親が買ってくれた電気オルガンがあり、大勢で遊ぶのが嫌いだった私は一人オルガンの前で一日中遊んでいました。その後、野球が面白くなり音楽とは少し離れた生活を送りますが、5年生の秋に小学校の「鼓笛隊」(レトロな言葉です)にトランペットが9本入ることになり、その中の一人として私が選ばれました。それ以来、現在までトランペットと共に人生を歩んできましたが、詳しいストーリーはまた別の機会に記したいと思います。

初めてのトランペットはヤマハ製のYTR-135という機種で、表面は現在よくある銀メッキではなくニッケルメッキというスプーンなどに用いられる楽器としては安価な仕上げで、ピカピカというよりは「びがびが」と光っていました。でも、初めてのトランペットはとても楽しく、マウスピースが初めて口に触れたときの感触はファーストキスの記憶よりも鮮明に今も覚えています。

中学生時代は学校のトランペットやコルネットを使っていましたが、音大受験を決めて高校に入学したときに、両親が上級グレードの楽器を買ってくれました。YTR-632というプロモデルで、ヤマハの名器の一つとして今も語り継がれている機種です。受験直前にはレッスンを受けていた先生のアドヴァイスで、音大生やプロ奏者の定番の楽器として知られるアメリカのヴィンセント・バックの180MLという楽器に買い換えます。その楽器は1980年まで使用し、その後は名寄市時代に師事していた恩師の先生が所有していた1964年製のヴィンセント・バック180MLVを借り受け、1986年までメインの楽器として使用します。

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シリアルナンバーは37976番と大変古いですが、この時代に作られた楽器独特の深みのある音色は健在で、今も時々自分の音色感を確認するように使っています。1986年頃、将来に備えて同じ仕様の新しいモデルを試奏する機会がありましたが、音色に魅力を感じず、次世代の楽器の選択に困るようになります。そんな頃、ヤマハが新しいトランペットを開発するプロジェクトに加わることができ、ようやく将来を共に出来る楽器との出会いを果たすことが叶います。それからはヤマハと共同で数世代のモデルを使いながら、現在使用しているシカゴモデルに至っています。これまでの間にはヤマハの開発スタッフやプロ対策部である「R&D」からの手厚いサポートにどれだけ助けられたか、感謝してもしきれないくらいです。2010年、ヤマハの「ゼノ」と呼ばれるシリーズが20周年を迎えた年、関わったプレイヤーが全員写ったポスターが作られ、広告に使われましたが、その中に映る自分を見ると、長い間の様々な思い出が浮かびます。

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金管奏者にとって楽器と同じくらい重要なマウスピースも、これまで何10本試したかわかりません。ここ20年くらいは内径が17ミリのサイズに落ち着きましたが、数年前にヴィンセント・バックのオールドモデルであるマウントヴァーノンモデルを入手でき、そのコピーモデルと併せて使用しています。およそ60年近く前のモデルですが、現代のモデルとは全く違う響きがします。(写真左がMV、右がコピーモデル)

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