Gallstone

「年度末」です・・・今日は少し暖かくなりましたが、風の冷たさからは新緑の薫りを感じることはできません・・・でも明日から4月です。それぞれに新たなスタートがあることでしょう。それを祝福する柔らかな光が待ち遠しいですね。

またまた続きです。昨年、健康診断の結果を主治医に評価していただくためにクリニックを訪れようとしていたときに、医療系の知人が「先生、目に黄疸が出てますよ。肝機能が落ちてるかも」と言われました。自分では気がつきませんでしたが、よく見ると白目が少しだけ黄色く見えます。クリニックでは
数値の悪化にドクターも・・・という反応で、昨日書いたように処方薬で対応することになり、念のため腹部エコー検査を実施したところ、胆嚢に結石を発見しました・・・石は一つで、それほど大きなものではなかったことから、経過を見ることになりました。黄疸のような症状は、肝臓でつくられた胆汁液の流れが悪かったことによるものでした。ドクターからは「痛みが出たらオペした方が良い」との事で、食生活に留意するよう指示されました。

それから今年2月まで胆石発作は起きず、体重の増減はあったものの概ね無事に経過していましたが、2月6日の事でした。リハーサルが終わって明日は恒例の鶴岡音楽祭。普通に飲んでベッドに入って爆睡・・・午前2時頃だったと思います。腹部に激痛を感じ(「感じ」なんてもんじゃないです。激烈な痛み!)目が覚め、すぐに「胆石発作!」と理解しました・・・当初、狼狽しましたが、冷静になり明日の本番の事や、救急車を呼ぶべきか考えました。この時点で救急搬送されれば、緊急オペになることも充分あり得ることから、とりあえず痛みをこらえようと必死に我慢しました・・・(T_T)結局、まったく眠れずにわずかに収まった痛みを抱えながら演奏会場まで運転していきました。万一に備え、もっていた鎮痛剤を飲み(食べた・・と言う方が良いかも)職場では全く平気な顔をして演奏し、発作のことは一切話さずに本番を何とか終えました。そのころは痛みも収まり、演奏も運転も平気でしたが、何か食べると発作が来るのでは・・という恐怖感から、食事は全くできませんでした・・・(つづく)

Diet

28日に行われた「オーケストラの日」のイベントは、たくさんの方にご来場いただき、とても楽しい一日になりました。恒例の「楽器体験コーナー」も盛況で、サポートしてくれた山形大学、山形北高音楽科の学生たちも子供たちとの触れ合いを楽しんでいるようでした。このイベントは丸一日がかりの仕事ですが、私は体調も安定し、無事に乗り切ることが出来ました。翌29日は退院後の初受診でしたが、経過も大変良く、山形県立中央病院から「卒業」することが出来ました。主治医の櫻井直樹先生(名医です!)をはじめ、スタッフの皆さんに感謝です!

さて、前回から少し間が空きましたが、ダイエットの続きです。結局、食事を抜いたりせず、カロリーとバランス、それとアルコールに注意して2000年11月から2001年3月までの4ヶ月で約15キロ減量し、69キロにすることに成功しました。その後は少しずつカロリーを増やしてゆきベストな体重を探っていき、体力とのバランスが最も良好な70〜72キロをキープすることにしました。食べ過ぎや飲みすぎの翌日は摂取量を減らすとか、工夫をして2008年頃まではこの状態を維持できました。

40代も終わりになる2008年頃は、少しずつ代謝が落ちてゆくようになり、酒量も増えたことから体重が増え始め、72〜75キロで増減を繰り返すようになり、コレステロール値も上がってきました。2009年3月の健康診断では、総コレステロール値が要治療のレベルまで上がり、初めて処方薬を服用するようになり、根本的な対策を講じる必要に迫られ、再び減量することを考え始めました・・・(続く)

Cholecystitis

昨年3月の胆石の診断からおよそ一年あまり、ここ数年多忙を極めていた私は、演奏、指導、ユニオン活動と全国(世界中、ですね)を飛び回っていました。でも長い間健康に気を遣わなかったわけではなく、今から10年前の2000年秋には、肥大化した体の引き締めにかかり、本格的なダイエットを開始しました。1984年、山響に入団した時点での体重は67キロ〜69キロ付近で、178センチの身長に対してはほぼ標準体重でした。30歳を過ぎた辺りから少しづつ太り始め、40歳になった1999年には最大84キロまで体重が増え、さすがに楽器を演奏するのがキツくなってきました。この頃の服のサイズは、スーツがB体(肥満体です・・・)シャツやカットソーは当然LL、デニムやチノパンのウエストは35インチまでになっていました。

体重の増加は、人それぞれに要因が異なり、白米に代表される炭水化物を多量に摂取する人、お菓子を多食して糖分過多となる人、そしてアルコールと脂肪(揚物など)を好む人など、太ってゆく原因がいろいろあります。痩せるためには自分の食生活をよく分析し、過剰な要因を排除することを行わなければなりません。私の場合は、やはりアルコールと脂肪の過剰摂取でした。アルコールは体内で糖分に変わり、その後脂肪となって内臓周りや肝臓に入り込んできます。当時はビールを大ジョッキで何倍も飲み、ウイスキーをストレートやロックでがんがん飲んでいましたし、締めにいわゆる「ラーメン終止」をしたりしていました。体に良い訳ないですよね・・・・・。

2000年秋、主治医のすすめでCTスキャンを受けてみたら、内蔵に脂肪が貯まっていて、深呼吸をしても肺が下部に下がらず、逆に脂肪が肺を上部に押し上げているような状況でした。これではまともなブレスコントロールは出来ません。また、肝臓や腎臓は老廃物の濾過という本来の解毒工場としての働きをする以前にアルコールと脂肪の分解に追われる毎日で、当然解毒能力が落ちたことで疲労感が積み重なるようになりました。CTの画像を観た時に「このままでは60歳まで(演奏が)持たないかもしれない」と強い不安感に襲われたことを思い出します。

2000年11月、長い独身生活に終止符を打ち、ついに結婚した同僚の結婚パーティーが、文翔館2階のカフェを借り切って行われました。この翌日から徹底的なダイエット(そんなカッコいいものではなく、まさに「減量」)を開始し、毎日1200キロカロリー以下に食事を制限すること、お酒と脂肪は当面禁止という2つを柱として、徹底した毎日を送りました。朝食はオートミールをスキムミルクで溶いたものと全粒紛パン、バターやマーガリンは禁止、オリーブオイルを塗って食べ、昼食は炭水化物(そば、パスタなど)を少なめに食べ、夕食を一日のうちで最も軽くし、炭水化物は摂らずにゆでた野菜と
スープ程度にし、毎日水分をたくさん摂ることに注意しました。そのような生活を一ヶ月ほど続けると、84キロの体重が76キロにたちまち落ちてゆきました・・・(つづく)

Cholecystitis

退院後、昨日と今日の本番が復帰後初めての演奏会でした。今年度新たに企画された「子育て支援コンサート」は、就学前の子供たちが家族とともに楽しめるとても素敵なコンサートです。昨年12月から今日まで県内で8公演を行い、好評のうちに終了することが出来ました。

今回、私が抱えていた病気は、「急性胆嚢炎」という疾患で、一般的にその多くは胆嚢(たんのう)に結石が生じ、肝臓で作られ胆汁液という消化液の一種の流れが阻害され、胆汁液の貯蔵庫である胆嚢が炎症を起こし、右腹部に激痛を発症させるというものです。炎症の主たる要因である結石は、「胆石」と呼ばれるもので、胆汁液が凝固したものです。胆汁液そのものはコレステロールで出来ていて、よく言われる「善玉」と「悪玉」のバランスが悪くなり悪玉コレステロールが増加すると凝固しやすくなり、胆石へと移行してゆきます。私は、昨年受診した健康診断の結果を主治医に評価してもらった時に、確認のため腹部エコー検査を行ったところ、胆嚢本体に小さな結石を認めることができ、直ちに外科処置で取り除く必要はないものの、要経過観察との結論に達しました。もちろん、この時点では何の自覚症状もなく、昨年5月のブラジル出張も無事に終えることが出来ました・・・・
(つづく)

A surgical ward

連休も終わり、明日から年度末まで残り少ないですね・・・卒業、進学、就職などこれから新たな道を歩む方、また定年退職などで長い道のりを一休みされる方・・・さまざまな年度末があると思います。

私は懸案だった病気治療のため、先週16日から21日まで、山形県立中央病院の外科病棟(A surgical ward)に入院、18日には手術を受けて無事成功し、昨日退院してきました。今月に入りブログ更新が停滞気味だったりしたのは、体調不良によるものでもありました。大きな病気による入院、手術は初めての体験で、日々さまざまなストーリーが展開され、ブログにどう表現するか入院中に考えていました。これから少しづつ記していきますので、ご期待下さい。

Cold spring

3月も半分過ぎたのに昨日から雪です・・・昨日は高校入試の合格発表があり、レッスンをしていた生徒達も無事に全員合格し、一安心でした。今日は山形市北西部を見渡せるところに来ています・・・どこでしょう?・・・山形も早く暖かくなると良いですね!

earthquake

昨日は本番中に地震がありました・・・もしかしたら気付かない楽員もいたかもしれません。今日の新聞には「山響、動じず演奏」とありましたが、2004年の7月に行われた定期公演(飯森氏の常任指揮者兼ミュージックアドバイザー就任記念公演でした)の二日目、昨日と同じ鶴岡での本番では、バルトークの「オーケストラのための協奏曲」の第五楽章コーダのクライマックス部分、山響の演奏で音量いっぱいのホールに、ものすごい雷雨の轟音が聞こえたことがありました。終曲まで無事に演奏できましたが、終演後すぐに落雷により全館停電となり、蒼然としたことを思い出します。この時の方が怖かったですね・・・・。

今日はお仕事は休みで、明日からの所用のために準備をしています。今月に入ってからはブログ更新も途切れがちでしたが、都合により明日からの更新も間隔が空くかもしれません。詳しくはあらためて記したいと思いますが、どうかよろしくお願いいたします。

A performance

すべてのリハーサルとゲネプロが終わり、外で気分転換中です。マエストロ広上、今回も好調です。会場が山形県民会館なのでドライな響きですが・・・
もっとも、このホールの最大の問題点は音響ではなく客席、つまりシートだと私は考えています。基本設計が昭和30年代前半ですから仕方のないことかもしれませんが、親しいお客様からは「音は5分で慣れるけど、あのシートに座るのはとても苦痛だ」と言われます。音響に関してさまざまな意見があることはもちろん承知していますが、個人的には長すぎる残響は好みではありません。私が最も演奏しやすかったのは上野の東京文化会館で、ここは残響は多くはありませんが音質はとても良く、(ホールの音質と残響は全く別の問題です。残響があっても音質の悪いホールはたくさんあります)客席では奏者の奏でる細かなニュアンスがはっきりと解ります。反対に残響が長すぎるホールは他の楽器の音が聴きにくく、エコーが邪魔に感じます。山形県民会館が良い音色のホールかどうかは分かりませんが、オーケストラの音のスタートが楽器間でほんのわずかにズレてもそのまま伝わってしまいますし、音程が1ヘルツでも合わなかったりしてもやはりはっきりわかります。逆に言うならば、このホールで豊かな音で精緻なアンサンブルができればどこのホールに行っても楽勝!という訳です。残響はたしかにある程度は必要ですが、各プレイヤーの音が豊かに響いていれば必ず音は伝わります。残響が音の運びの助けになるのではありません。

シートの大きさに関してですが、戦後、国民の平均身長や体格が最も変化したのは日本人なんだそうです。これはドイツの自動車メーカーの設計担当者の指摘で、自動車はもちろん、家具や生活用品のデザイナーの間ではすでに国際的な認識になっています。山形県民会館に山形テルサのシートがあれば、と思いますが、客席の改装を山形県にぜひ検討していただきたいですね。最近の映画館のようなゆったりとしたシートを部分的に設けても面白いかもしれません。新たな県の文化施設を建築することはもはや不可能に近いようですから、既存の施設を有効に使うためにも県民の皆さん総出で知恵を絞りたいですね・・・そろそろ着替えの時間かな・・・今日も「豊かな響き」でホール中の空気が満たされるよう(いつもそう思っていますが)がんばりたいと思います。行ってきます(^O^)

A rehearsal

先週の演奏旅行を終えたあとは、この時期に毎年行われる健康診断があり、みんな体重計を怖がっていました・・・演奏旅行の翌週に健康診断って、イヤですよね。私はほぼ標準体重でメタボ基準には一つも該当しなく、まずは一安心でした。(毎年大丈夫なんですけど)

昨日からは全国的な寒波が襲来し、山形付近はやっと春の雰囲気ができたのに今日は真冬です・・・車の雪下ろしをしながらウンザリしていました(+_+)

さて、そんな鬱ぎがちな気持ちを残したまま、今日から定期演奏会のリハーサルなので文翔館に向かいました。今回は客演指揮に広上淳一さんをお迎えし、ソリストには私たちのコンサートマスターの一人である高木和弘さんを立てて、オールロシア音楽プログラムです。高木さんはグラズノフの協奏曲でソリストを務めたあと、シェエラザードでソロヴァイオリンも弾くと言う大活躍です。広上さんは確か三度目の客演のはずですが、持ち前の豊かな音楽性と独特な個性でオーケストラをぐんぐんリードしていきます。リハーサルが進むにつれ真冬に戻った憂鬱な気分も、気がつけば楽しく集中している自分がいて、心地よくリハーサルを終えることができました。今回は高木さんのヴァイオリンももちろんですが、シェエラザードでの管楽器(特に木管!)のソロも注目です。きっと良い演奏会になるでしょう・・・明日も楽しみです!

Culture

暖かい日が続きます・・・昨日はMUJオーケストラ協議会の会議で、東京まで走りました。東京は20℃を超え、4月のようです。首都高を走りながらエアコンのスウィッチをオンにしました・・・。

平成22年度の国家予算のうち、文化関係の予算については「事業仕分け」以降全国からの多くの意見に基づき来年度もその多くが確保され、とりわけ子供たちへの「本物の舞台芸術体験事業」は引き続き規模を拡大しながら実施される事が決定しています。しかし、オーケストラの定期公演や運営に大きく関わる「文化芸術創造活動への重点支援」は今後3年間で半減する事が見込まれ、私たちの業界にとって大きな打撃となる事が予想されます。国家の予算の使途について広く議論を展開する事は必要と考えますが、文化の振興を経済効果のみで論じる事には賛成できません。先日行われたヴァンクーヴァーオリンピックに関しても、選手の育成や強化すべき種目についての議論がありましたが、文化やスポーツは、特にその根幹部分は国家が責任をもって育成、振興に努めるべきものと思います。今後、政治がどのように日本の将来を創っていくのか目が離せませんが、教育、文化をより豊かなものにしてゆくことが国の発展に寄与してゆくと私は考えています。