1984/5/10

山形交響楽団第44回定期演奏会
1984年5月10日(木)19:00 山形市民会館
指揮:渡部勝彦 チェロ:矢島三雄

ブリテン:シンプル・シンフォニー
本間正雄:チェロ協奏曲(初演)
ストラビンスキー:ハ調の交響曲

今から25年前、私が山響に入団して最初の定期演奏会です。当時は年間5回の定期演奏会を山形市民会館を主に開催していて、指揮者は1972年の創立から音楽監督兼常任指揮者を努めていた村川千秋氏から、1984年4月より渡部勝彦氏に交代し、村川氏は正指揮者となり山響は新たな時代に突入しました。渡部氏は会津若松の出身で、東京音楽大学で村川氏に指揮を学んでいます。その後村川氏と同じくインディアナ大学で研鑽を積み、日本に帰国してすぐ山響の常任指揮者に就任しました。私はこの年から山響に入団し、学生時代からの念願であったプロオケ奏者としての生活をスタートさせました。渡部氏は比較的モダンなレパートリーを好み、この第44回定期のプロも当時としては新しく感じたよう記憶しています・・・・チェロ協奏曲を作曲した本間氏は当時宮城教育大学の教授で、ソリストの矢島氏は山響の独奏首席チェロ奏者として弦楽器セクションはもちろん、山響全体に強い影響力を持っていました。その厚みのあるチェロの響き素晴らしいテクニック、そして数々の修羅場をくぐり抜けてきた古き良き「楽隊」のオーラは強烈でした。山響のサウンドは今とは全く異なり、どちらかというと粗削りではあるものの、メンバーも若かったことからとにかくエネルギーがあったように思います(今のエネルギーとは異なりますが)ストラビンスキーでは複雑なリズムへの対応が大変でしたが、ようやく念願が叶ってプロオケ奏者になれた喜びと初舞台の興奮で夢中で演奏したことが昨日のように思い出されます。当時のメンバーで現在も残るのは私、トロンボーンI氏、ホルンY氏、打楽器M氏、クラリネットG氏、フルートT氏を始め9名です。この年はサラエボ(2月)ロサンゼルス(8月)オリンピックがあり、東西冷戦(ゴルバチョフはまだ現れません)の末期です。1ドルは230円ほどでした・・。